酔狂ヨシダ

2019年4月18日2 分

「記憶」より「記録」を始めます

最終更新: 2019年5月9日

  パンクバンド『酔狂』のギターボーカル、ヨシダです。

  『酔狂』の活動はスローペースなので、他のバンドや音源等広く音や音楽について書いてゆきたいです。更新が遅い代わりに中身が充実させられたらと思います。

 

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 今回は、ブログを書きたくなったそのきっかけについて。

 ある日、飲み会から帰った深夜3時に、荒渡巌という芸術家*¹から、バンドの音源が送られてきた。そう、彼は「状況」(芸術家のいう「飲酒」のこと。)を開始していた。

送られてきたのは、2006年頃に、荒渡と自分ともう一人でやっていた『巌騨羅』というバンドのライブ音源だった。当時のライブハウス界隈は、きれいなものより汚いもの、ストレートなものより複雑なものをという空気があった。音源を聴いて、そんな空気感を思い出していた。

 しかし、酔いが醒めてきた頃には急に自信がなくなってきた。本当に、そのような中に『巌騨羅』はいたのか。確かに音源はあるが、そもそも本当にこれは自分の演奏なのだろうか(弾ける気がしない)。吉祥寺WARP三軒茶屋HEAVEN’S DOORに出演した記憶があるが、客として観に行った記憶と混合しているのではないか。そう、向井秀徳風に言えば、「記憶」と「妄想」の区別がつかなくなってきたのであった。

 そこで、エゴサをしてみたところ、ほとんどの痕跡は見いだせなかったが、ただ1件、HEAVEN’S DOORの2006年2月のライブスケジュールに確かに『巌騨羅』の痕跡が残っていた(http://heavens-door-music.com/old_schedule/schedule2006.2.html )。

 HEAVEN’S DOORに出演したはずという「記憶」が、そこには確かに「記録」されていたのであった。

かくして、誰でもネットで名前を売れるこのご時世、「記録」より「記憶」だよね。と考えていた自分は考えを改めた。

「記憶」は劣化する。

「記憶」より「記録」だ。

 

*1 荒渡巌については https://sites.google.com/site/arawatari/

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